日本の美について深く考えてみたい人々にとってのバイブル「陰翳礼讃」。文豪 谷崎潤一郎(1886-1965)が昭和8年に書いた名作で、ご存じの方もきっと多いことと思います。
初めて読んだのはいつだったか定かではないのですが、恐らくそれから12、3年、いやもっと経つかな。日本の文化や美学の成り立ちについて「なるほど、そういうことか」と納得した覚えがあります。以来、折に触れ読んでいます。
最初は文庫本でしたが、近頃はデジタルになり、タブレットで読んでいました。それが今年になって新刊が出たのです。なんと、美しい写真つきです。
「空気を撮る名匠」「気配を捉まえる達人」と評される大川裕弘さんという写真家の100点を超す作品が、谷崎ワールドをビジュアル化しています。それがなんとも美しく、まるで写真集を見ているよう。文面からはピンとこないという方も、写真と一緒だとわかりやすいと思います。
昔の住まいの陰影は、その深さは、現在の物とは掛け離れているように思います。だから若いころの私は、派手な金屏風や蒔絵の存在価値も、眉を落とし鉄漿(おはぐろ)や玉虫色の紅を塗る化粧の美意識も分からなかった。この本を読んで初めて腑に落ちた事柄は多い。腑に落ちたからといって、鉄漿が素敵!とは思わないように、昔に戻れない価値観もありますが。
でも、陰翳があるからこそ、一瞬のきらめきが美しい。陰の濃淡に侘び寂びも感じるのです。成熟した庭でそういう光景を見たとき、魂が震えるような心地がします。自分はやはり日本人であると思う瞬間です。
私達は、新しくて明るいことよりも、時の流れとか翳りとか、そんなことの方を大切に感じてしまうところがある。
実はここ15年程和室のない暮らしをしています。私に限ったことではなく、そういう方も多くおられると思います。それでも和のない生活は考えられなくて、室礼や工芸品、伝統芸能、書、着物、器、食事、花活けに至るまで、触れる機会は沢山あるものです。その時、そういうものがかつて置かれていた背景や物語を知っているのと知らないのとでは、受け止め方が変わってくるのではないかと思うのです。
この本にある風流な暮らしと今の私の暮らしとは、確かに違いがあるけれど、陰影に美をみる感性は捨てずにいたいです。
これからの時期、うららかな光の傍にある春独特の陰翳が楽しみです。陰影にも季節感はあると思う。私なりの陰翳礼讃をこれからも発信していきますね。