いい家とは?-「トトロの住む家」より

お盆休み中に読んだ本で、宮崎駿監督の「トトロの住む家」をご紹介したいと思います。絵が素敵です。

住む人の心根が偲ばれる・・・、そんな家を宮崎駿監督が訪ね歩き、その風景を絵と文で綴る。2010年7月に完成した宮崎監督デザインの公園「Aさんの庭」の新たな写真、インタビューも収録した増補改訂版です。

そういえば、先日TVでたまたま「となりのトトロ」が放送されてましたけれど、ご覧になった方いらっしゃいますか?

私はこれまで何回見たかわからない程ですが、やっぱり最後まで見てしまいました。可愛らしくて不思議な物語は、いつ見ても心がほっこりと温かくなります。そして、あの田舎の景色、美しくて懐かしくてキュンとします。

私が幼児の頃は、田舎ということもあって、村の中はまだ舗装されていない道も多くありました。恐らく小学生になる前後くらいには舗装されたと記憶していますが・・・。そんな世代ですので、物語に出てくる畦道とか、青田を吹き抜ける風とか、家の土間のヒンヤリ感や縁の下、あちこちにある仄暗い場所など・・・ああいった雰囲気は実感として残っています。なので懐かしい。

曲がりくねった土の道、屋敷を囲む青々とした生け垣、昼間でもヒンヤリ暗い場所、そんなものが少なくなりました。

それでこの本。

宮崎駿監督が仕事の合間に散歩して見つけたお宅の様子が描かれています。東京の高円寺~吉祥寺あたりで昭和初期に建てられた7軒のお宅。どのお宅も変に増改築をされず、丁寧に住まれており、広い敷地には緑豊かなお庭があります。開発の波に逆らうように、そこだけ時間が止まったかのような風景なのです。

宮崎監督は、建物だけじゃなく庭のあり方にも重きを置いておられるようで、そのお考えにとても共感しました。いくつか本文から抜粋させていただきます。

そうなのだ。住まいとは、家屋と、庭の植物と、住まう人が、同じ時を持ちながら時間をかけて造りあげる空間なのだ。私たちの住むこの土地では、少しでも隙間があれば植物は生えてきてくれる。その植物たちと、生きもの同士のつきあいをしている家、時にはためらいながら鋏を持ち、でも植物へのいたわりを忘れない家、それがいい家なのだ。

ぼくは、子供が育つには、光や暖かさだけでなく、闇や迷宮も要ると考えている。ぼくがどんな家に興味をもつかというと、それは「闇」みたいなものがある家ですね。それを作った人や住む人の、心の襞(ひだ)の奥行きが感じられるような。庭はね、ちょっと荒れた感じのがいいですね。地域全体で、緑を育てよう、いい感じの空間をつくろうという見識をもっているのがいいですね。

「ちょっと庭が荒れている」というのは、庭の植物を育つままにさせておくからです。植物好きは、やはり敷地の形通りにスパッと切れないものです。美しい枝、元気な枝は切れないのです。植物の自由にさせてやりたい気持ちもあるのです。

でもそこはご近所の方のお考えもあって、自分の価値を押し付ける訳にもいかず、難しいところです。だから「地域全体で緑を育てよう」という見識があればいいなぁと、身勝手ながら思うのです。

「お宅のモミジ、今年もきれいに紅葉していますね。うちには木がないけれど、お蔭で秋を身近に感じられます」という発想か、それとも「モミジが紅葉して落ち葉がうちにまでくる!許せん!」という発想か。その方の捉え方次第で、モミジの形は随分と変わり、景色も変わってきます。

もちろん落ち葉は掃除しますよ。しますけれど、多少の迷惑にあくせくせず、充ち足りることを知る、そんな大人の余裕があれば、どんなにか世の中過ごしやすいだろう・・・っていうことを宮崎監督はおっしゃっているんです。

ディアガーデンのご近所さんは、有難いことに、大人の余裕をお持ちな方ばかりです。それに甘えてはいけないって、もちろん自覚もしていますけれど。

ディアガーデンの前庭より。ペニセタム「JSジョメイニク」がふわふわと可愛い穂を出しました。秋になってうまく枯れたらいいなぁ。

また本文中に戻りますと、こんな苦言も。

花を植えたらいい人になれるわけじゃない。本気で手入れをしているから住みやすい、いい庭になっていたわけで、それができないところにいい家もいい庭も、いい景色もない。だから手入れができないならば花も勝手に植えるもんじゃないんです。

結局住みやすさって、自分を語ることじゃないんですね。大事なのは借景です。自分の住まいをいかにして人様に借景してもらうか、ということを考える。いかに自己主張するかじゃないんです。そして自分も人様のところを借景する。そうやってお互い様というふうに考えれば、結局は人との出会いと繋がりで、感じのいい風景というのは出来ているものなんだと思います。

いま自己主張しない家を設計する建築家はいないのでは?・・・なんて、炎上覚悟で書いてしまいました(^_^;

隣と違うデザインの家、というのは大前提ですし、大体が外界を追い出し、内に向いた形ですので、隣との風景のつながりなどは、設計当初から頭にない。それが当り前。宮崎監督の思う「人と繋がりのある住みやすさ」を叶えるのは難しいのかもしれません。理想論ですよね。理想とも思わない方もいらっしゃるでしょう。

ただ造園をやっている者としては、こんな風に考えてくれる建築家、住宅会社が増えると、絶対風景は変わるし、暮らしが変わるのでは?新しいことをやってるな!って、違う意味で自己主張できると思ってます。

それと、色々なデザインの家を繋げ、景観を作っていくのは、庭の緑しかない!とも思っています。

Please Share!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

Dear Garden 代表
ガーデンデザイナー、一級造園施工管理技士

庭づくりを通して感じたことや、最新のガーデン事情、設計について、施工現場の様子、ガーデンデザイナーの暮らしや興味があること、などなど様々なコラムをお届けします。

目次