瀬戸内夏旅 – 福武トレス1

瀬戸内周遊の旅の続きです。

この旅で私の一番の目的は、岡山市にある「福武トレス」という庭園を見学することでした。今年5月から予約制で一般公開が始まったばかりのお庭です。

こちらは、半田山の中腹にあって、元は福武書店(現ベネッセコーポレーション)創業者、故福武哲彦氏が福武書店迎賓館として所有していたところ。これを受け継がれた娘さんの美津子氏が復元。2023年に「時の庭」として公開されました。

ベネッセコーポレーションといえば、直島をアートの島として世界に知らしめた会社。哲彦氏は生前、美術品収集にも力を入れたれていたようで、ここにもギャラリー棟があります。

急な坂道を登った先に見える簡素だけれど力強い印象のエントランス。控えめなサインがこの場所を物語っているよう。

福武トレスのトレスはスペイン語で「3」。「三角形」を意味します。この地に3つのエリアがあることや、不等辺三角形の植栽法などに因み名付けられたようです。

今日のブログでは、Fサロンと名付けられた迎賓館の庭園について書きます。


庭園は、雑木の庭の第一人者と言われる作庭家小川研三氏によって作庭され、この度、小川氏の愛弟子である秋元通明氏と、荻野景観設計さんによって復元されました。荻野彰大氏(寿也氏の息子さん)曰く、創造的復元、つまり良いところはより良く、直すべきは直すという発想でされたそうで、岡山の地域特性を視野に入れてアップデートさせているとのことです。

昔の植生を知る手立ては何なのかというと、雑誌「庭」の別冊でこの庭を特集した記事だったそうです。原版は出版社にもなく、ページのコピーのみが現存しており、実は、今回それも実際拝見できました。撮影できたので、今はそれをじっくり見ているところです。

橋を渡って迎賓館へ。入り口には風雅な文人像が2体、奥には石塔も見られます。先の見えないアプローチに期待感が高まります。画像左手奥から水の流れる音が。
迎賓館の玄関。延段の先に素朴な扉が見えます。この延段の目地が好き。丁寧な仕事です。下草は以前の庭と少し変えているみたいです。
奥座敷から庭を見る。ここが一番見たかった眺めです。敷石のデザインがダイナミックでリズムも良い感じ。高木の幹の本数や傾きまでほぼ忠実に再現されていてすごい。
贅沢な石材、灯籠そのものも配置も良くて、雑木の重なりがいい感じ。奥に見える降り蹲は哲彦氏のお気に入りだったよう。築地塀は滝を隠すために設けられました。奥座敷からは水音を聞きながら平露路のみを見るという演出、山居の風情が素敵です。この日は蝉時雨が盛んで水音は聞こえずちょっと残念でした。

庭づくりは施主が方向性を決め、それを実現するために思索し調整するのが作庭家です。ですから、良い庭は施主で決まると思っています。

作庭家は施主の意を汲み取り、施主の想像を超える提案をする。施主は大筋は曲げず、作庭家に任せるところは任せる。このような関係性が、こちらの庭からは感じられ、恐らく色々とあったでしょうが、幸せな仕事だったと思います。

雑木の庭というテーマは、この庭が田舎にあって、半田山を借景に成り立つところから、選択されたのでしょう。何より哲彦氏が雑木の庭に深い理解と支持があったことから、プロジェクトが上手く運んだのではないかと想像します。

雑木がテーマの自然の庭に立派に仕立てられた黒松を施主がぜひ植えたいと言う。小川氏は松を隠すために太い柱の裏にしれっと植えた、なんていう裏話も。黒松はしかし、岡山の街と築地塀を背景にするととても映えます。

見学は2時間半ほどで、最初の1時間は、こちらを管理されているベネッセの方と近くの大学で建築を学んでおられる学生さんのお二人による解説がありました。学生に良い建築や庭に触れてもらうためにアルバイトという機会を提供しておられるそうです。

哲彦氏や美津子氏の想い、作庭や建築工事の時のやりとりなど、とても興味深いお話が聞けて良かったです。見学の日の1週間ほど前に、ちょうど荻野氏が来られて手入れをされた、という裏話も聞けました。ベストなタイミングで見学できて本当にラッキーでした。

待合いに続く園路の周りは昔は苔が貼られていたけれど、現在の気候に合わせてなのか?化粧砂利に変更されています。暑かったこの日、待合いに氷の入った水がポットに用意されていて有り難かったです。

迎賓館もとても贅沢な造り。夏の室礼に変えた座敷は青々と茂る庭の緑を透かして目に涼しい。詳細は長くなるので端折りますが、お茶席もできるよう炉が切られておりました。ですから、庭もそれに応じ、露地として使えるよう待合いや蹲も設けられています。

味わい深い敷石に導かれ、立ち止まるごとに景色が変わる、そんな構成のお庭で学びが多かったです。

待合いから池を渡って座敷に入る動線。お茶席ではこの動線で席入り。なので画像では見えていませんが途中に蹲もある訳です。

復元にあたった方々は大変なご苦労があったかと思います。その分、ものすごい勉強できただろうし、成長できただろうと羨ましくなります。

2時間ほどの見学では、恐らく見過ごしたところばかり。味わい尽くしたとは全くいえませんが、今一度雑木の庭について考える機会を得た事が嬉しい。

待合いからサロン縁側を見る。池の奥の建屋はお風呂。檜風呂につかると空と緑が見えるすごく贅沢な造りですが、まだ一度も使われていないとか。

雑木は四季折々に姿を変え、常に新しい驚きと感動があります。デジタルジャンキーな暮らしだからこそ、身近で自然の霊感に触れることは貴重。堅苦しさや難解な問いもなく、柔らかい。見ているだけで心身の疲れをほぐしてくれる、それが雑木の庭の魅力です。

先人の努力と試行錯誤によって、雑木の庭は定番化。あちこちで見られますし、私自身も雑木風の庭はいくつか造らせてもらいました。あくまで「〜風」なのです。

山に入りその植生を観察すれば分かりますが、樹林はいくつもの階層で成り立っています。その階層をそのまま住宅の庭に持ってくることが、まず難しい。2〜3年は良いとしてもです。

真に自然を模した雑木の庭を作るには、相当のスペースと高い剪定技術が必要になります。

小川氏の特集記事より引用します。

雑木を植えば直ちにそのまま自然写景の庭になるわけではない。即ち自然をいかに写すかが写景の庭であるか否かの岐れるところで、雑木を植えるか否かとは直接の関係はない。

雑木の庭の泣き所は、あまりに生長が早すぎ、従来の樹木整枝の技術では、野生の美しさを保たせたままではその生長を抑えきれない点である。剪定のためには自然らしさを保たせる新しい剪定技術を身につけた庭師がどうしても必要になる。また15年か20年もすると剪定だけでは自然の良い風情を保ち難くなる。その頃には設計者自身か、同等の技術者が雑木の半分近くを小さいものに交換すれば、以前にも増して素晴らしい庭になる。

福武トレスも1989年の完成時から40年近く育ち、木は大きくなり、幹が太くなり過ぎていました。復元に当たって、植え替えた木は多い。ありのままよりも人の手が程よく入る方が庭として風情が出る。自然を写しても、育ち放題では絵にならない。落ち着かない。それが庭という空間。

とはいえ、そうあれこれ難しく考えずに、単に雑木1本の美しさを味わうだけでも、結構幸せだったりします。

納まる範囲で、自然の一部を切り取って写す雑木風の庭は、これはこれで違った工夫が必要ですが、これからも日々研鑽を続けます。

次回は美術品を展示した近未来的な建物、Fギャラリーについて書きます。

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この記事を書いた人

Dear Garden 代表
ガーデンデザイナー、一級造園施工管理技士

庭づくりを通して感じたことや、最新のガーデン事情、設計について、施工現場の様子、ガーデンデザイナーの暮らしや興味があること、などなど様々なコラムをお届けします。

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